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平和を創る

2014年8月14日   川崎市長

今年の8月6日午前8時15分、私は市役所に向かう車の中で、黙祷を捧げました。広島に原爆が投下されて、今年で69年が経ちました。私自身はもちろん戦争を知らない世代です。ただ、両親は戦争中に生まれていますし、伯父が広島で被爆したものですから、原爆の恐ろしさは子ども頃から聞かされ、心に残っています。

 

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ところが、私の子どもたちになると、いよいよ全く戦争を知らない世代です。日本の中で、戦争の記憶が薄れ、消えかかっているのかもしれません。
 
世界各地で紛争や戦火が拡大しています。しかし、テレビ画面を通じて見る戦争のニュースは、どこか他人事でリアリティのないものとして映っているのではないでしょうか。この川崎にも空襲があり、日本が戦争をしていた事実すら、実感のないものになりつつあるように思うのです。
 
広島でも長崎でも、被爆体験者が少なくなり、ご自身の体験から原爆の恐ろしさや平和の尊さを語り継ぐ「語り部」の皆さんが減っています。
 
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先日、多摩図書館に立ち寄る機会がありました。そこで、7、8人の図書館ボランティアの皆さんが、イベントの準備をなさっている場面に出会いました。原爆や戦争、平和を描いた絵本なども含めて、200冊を超えるたくさんの本が用意されていました。ちょうどこれから、夏休みの子どもたちに「平和の本」の読み聞かせをするのだといいます。
 
また、会場には、迷彩色に塗られた市役所や川崎大空襲の写真も展示されていました。川崎市の歴史の多くは、この戦争からの復興と重なっています。それは、同時に、平和を創造し、世界の人々と共生していく社会づくりの歴史であったのです。
 
このようにして、子どもたちに、リアリティをもって、戦争の悲惨さを伝え、原爆の恐ろしさを知ってもらうこと。そして、戦争をしない、平和を創っていくという強い心をはぐくんでいくことは、本当に大切なことだと思います。
 
平和は世界に誇ることのできる財産です。日本が戦後69年間にわたって平和を守ってこられたのは、平和を守り、育てる多くの人々の真摯な努力があったからだと、改めて感じています。
 
まさに、平和とは与えられるものではなく、創るものなのだという気がしてならないのです。強い気持ち、積極的な心を持って、平和を創造していくことが、今、日本人には求められているように思うのです。
 
そのためには、まず、私たちが戦争の歴史や、平和の尊さを知ること、学ぶことが大切です。そして、私たちが、若い世代や子どもたちに語り継いでいくことも重要です。折に触れ、戦争の歴史を振り返り、若い世代に平和を考えてもらえるように語り掛けてみませんか。

 

まちづくりの主役は市民だと、私は思っています。そうした発想からスタートした新たな取り組みが「区民車座集会」です。

 

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この「区民車座集会」は、私がマニフェストに掲げた市民の皆さんとの直接対話の場です。今年の春からスタートし、7つの区ごとに参加者を募集し、ご自身が提起したい意見や提案を事前にお知らせいただき、関連する課題ごとに発言いただく形で実施してきました。各ご発言に対して、私が一問一答方式で意見交換を進めます。1回の発言者は、30名以内とし、ほかにオブザーバーで参加も可能としました。多いときには、参加者が70名を超えました。

 

このような形で、市長と市民が直接やりとりをする機会は初めてのことでした。市民の皆さんからは「市長と直接議論できたのはよかった。」という意見や、「もっと時間がほしかった。」という苦言まで、さまざまな声が聞かれました。

 

ご自身の主張や意見をお持ちの方が応募してこられるので、事前にテーマはうかがっているものの、回答はぶっつけ本番です。初めてうかがう課題もあったので、十分にお答えできたかどうか自信がなかったのですが、アンケートでは、「多様な質問に細かく答えてくれたのには感心した。」との評価もいただき、ほっとしました。

 

私と市民の皆さまと一問一答の形式で進めてきたのですが、途中から気づいたことがあります。それは、参加者からの提案や質問が出され、それに私が答えていくと、他の参加者が熱心に耳を傾け、うなずいたりされていることでした。後で、聞いてみると「自分は子育てに関心があって参加したのだけど、環境問題やお年寄りの問題などにも興味を持つことができた。」といわれます。

 

まさに、「車座集会」は、参加した市民のみんなが主役なのだという思いを強くしました。つまり、関心分野は違っていても、市民の皆さん一人ひとりが、地域の課題を真剣に捉え、自分たちでも解決のための活動をしていたり、アイデアを描かれたりしているのです。「自分のまちは自分たちでつくる」という市民意識の高さを改めて実感しているところです。

 

まちづくりには、まちへの愛着やよりよい地域を子どもたちに引き継いでいこうという愛情が大切です。「区民車座集会」では、市民の皆さん一人ひとりが、こうした愛着や愛情をお持ちだということが、よく伝わってきました。市民が主役のまちづくりを一緒に進めていきましょう。

総務省が6月25日に発表した今年1月1日時点の住民基本台帳に基づく人口動態調査によると、川崎市の人口は前年同期比1万434人増加し全国2位、うち自然増(出生数が死亡数を上回る数)が4,491人で全国第1位となりました。

 

これは、川崎に住み、お子さんを産み、育てるというご家族が全国最多だという意味です。平成25年度市民アンケートでは、川崎に住み続けたいと答えた人は75.9%と高い率になっています。

 

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こうした定住志向は、どこから生まれるのでしょうか。通勤や買い物などの利便性もあるでしょう。それと、ふるさとのような人情味や温かさも住みやすさのもとになっていると思います。成長力のある産業と豊かな自然環境も人々を惹きつける要素でしょう。
 
「産むなら川崎、育てるなら川崎」は、私の目指すビジョンの大きな柱です。こうした住みやすさを体感してもらうためには、産前から始まって、子育て、教育に至る切れ目のない取り組みの充実が必要になってきます。川崎にはそうした基盤が脈々と築かれてきました。それが定住する満足度に結びついてきたのだと考えられます。
 
ただ、人口構造が若く活力のあるうちに、さらなる手を打っておかなければなりません。推計によれば、2030年には川崎の人口もピークを迎えるだろうと予測されています。
 
そうした未来を見据えて、子育て環境や教育などの充実を図っていく長期的な視点が求められるのです。「持続可能は社会」は、行政の力で実現するものではありません。お住まいになっている市民の皆さん、企業の皆さんとの「協働」によって、今の川崎の住みやすさを未来の子どもたちにバトンタッチしていくことが大切だと思っています。
 
2030年まで、あと16年。今の子どもたちが社会の中心で働く時代です。そうした子どもたちにも、「住み続けたい川崎」で活躍してもらえるように、皆で力を合わせていきましょう。
 
【参考サイト】
カナロコ・神奈川新聞サイト
『川崎と横須賀 街の活力に差 人口増減で明暗くっきり』2014.06.26
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川崎市長選挙

川崎を日本一にする男 福田のりひこ

2003年神奈川県議会に最年少議員として初当選。2007年2期目当選。税、医療・福祉、教育、環境などの分野を中心に各常任委員会、特別委員会の委員を務める。議会外では、全国の知事、市長、地方議員でつくる、政策提案や実績を競う「マニフェスト大賞」の08年度、09年度の実行委員長として奮闘。その後、神奈川県知事秘書、早稲田大学マニフェスト研究所客員研究員を経て、2013年川崎市長選で初当選し、2013年11月19日川崎市長に就任。川崎を最幸のまちにするべく市長として奮闘中!

 

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