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2004年01月31日

午前中は事務所にて質問に向けての勉強。そして今日の午後はおめでたいことが2つありました。一つは、私のHPの管理者であり、このコーナーに何度も登場している挾間兄貴が隣の都筑区から宮前区に引っ越してきたのです。私にとって更に近くなったことと、選挙で入れる入れないは別にして(笑)私に投票できる環境が整ったことはダブルの喜びで、新居にお邪魔しました。そして、もう一つは、夜から少年野球でお世話になっている方の還暦祝いで、身内の会に出席させていただきました。少年野球で指導者や役員になると本当に大変です。オン・オフシーズンに関わらず、一年中週末が忙しい。ただ野球が好きだけでは勤まらないボランティアです。昨年一年、節目節目で子供たちの感動的な場面を何度も見せていただきました。これも、少年野球を支える方たちの協力の賜物だとつくづく感じます。明日から、今年の練習試合解禁日のようです。また、忙しい一年ですね。

2004年01月29日

只今、30日午前0時30分。いまだ県議会にて「98条委員会」が行われています。いま、延会手続きがあり、数分後には再開される予定。自民党を中心とした自称「知事野党」の議員が、とにかく聞いて呆れる“松沢いじめ”の不毛な質問を続けている。あー、つくづくこの不毛な議論を県民の皆さんに聴いていただきたい。「98条委員会」の存在そのものを皆さんご存知でしょうか?正式には「地方自治法第98条に基づく松沢知事の選挙及び政治活動に関する検査特別委員会」というもので、松沢知事の住居問題や、県出資法人の社長人事に絡む松沢知事への政治献金の問題、臨時職員の登用問題の3点について調べるために設置されたものですが、昨年6月以来ずーっとこの委員会は続いています。
普通に考えれば疑惑でもないものまで疑惑と決め付けて、私から見ると知事選挙で負けたことの怨念がここまで続くかーとただただ呆れるばかり。あまりに不毛なため新聞でもなかなか取り上げない状態なのに・・・。国会ではこんな不毛な議論を続けてれば報道されるため、こんな長続きするはずがないのですが、県議会は報道もされないため議会多数派のやりたい放題。私も怒っていますが、県民の皆さん、こんなことを続けている自称「知事野党」の議員に怒りをぶつけて下さい!!!

2004年01月26日

またしても、活動日誌を書くことを暫くさぼっていました。最近は閉会中審査になっている、総合計画審査特別委員会が行われており、政務調査会のメンバーとして県庁へ行くことが多くなっています。その予定の前後にさまざまな団体の賀詞交換会へ参加させていただく日々がずっと続いています。
先週の水曜日から“羽田の国際空港化”をテーマにした今月の「県政にタックルレポート第12号」を配りながらの朝の駅頭演説をしています。(レポートはPDFでこのHPから見れますので是非ご一読下さい。)今月は私がマイクを握り、スタッフがレポート配り、来月号はハンドマイクの演説なしで、私がレポートを配るというように交互で行っています。明日は久しぶりの溝の口駅を予定しています。明日も寒いのかなー…。

2004年01月12日

晴れの成人の日。今朝の新聞のコラムに成人の日の説明があったので、そのまま引用すると、『「国民の祝日に関する法律」には、成人の日は「大人になったことを自覚し、自ら生き抜こうとする青年を祝い励ます日」』とされています。本日、午後1時半から、とどろきアリーナで行われた川崎市主催の成人式に伺いました。来賓席として用意された舞台席から見た会場はまさに色とりどり。振袖や袴は七色のようなカラフルさですし、髪の毛の色まで、金髪、茶髪、赤髪などなど。
 ふと昨年末に放送されていたNHKの「映像の世紀」という番組を思い出しました。会場のカラフルさとは違う白黒映像から映し出される戦後の荒廃した国土と人々、そこから生き抜くたくましい姿。考えてみれば、まだ戦後60年しか経っていません。私が31歳ですから、わずか倍の時間。今年の新成人でもこれまで生きてきた3倍の月日しか経っていないのです。この僅か60年で本当によくここまで先輩達がつくってくれたと思います。今、景気も良くならないし、雇用問題も本当に厳しい暗い時代です。しかし、あの映像から比べると、ずっとずっと豊かです。当たり前のような今に甘えることなく、あの廃墟の中から踏ん張ってきたたくましさを見習って、是非、新成人にも自ら生き抜く力を磨いてほしいと思います。(私自身にも言い聞かせながら)そして、次代は自分達が創るのだという自覚をもって行動していってもらいたいとつくづく思う一日でありました。成人を迎えた方、心よりおめでとうございます。

2004年01月11日

朝9時から地元のボーイスカウト54団の集会に参加させていただきました。小学校2年生の時に、女の子のような私を母親がなんとかたくましく育てようと無理やり入れられたのが、ボーイスカウト。以来、米国在学中もスカウト活動は続けてきて、今では私のかけがえのない財産です。最近、忙しさを理由になかなか制服を着て集会にでる機会がなかったのですが、久々の半袖の制服に気が引き締まりました。
午後から、ひだか剛代議士の事務所開きに参加。これまで、馬絹にあった選挙事務所から、高津区の溝口に正式な事務所を開設。神事も懇親会も和やかに行われました。その後、地元野球チームの餅つきに伺うも、遅れすぎて餅なし(トホホ↓)。夕食は久しぶりに自宅にて、不足気味の野菜を大量摂取。

2004年01月10日

本日も快晴。こうもいい天気が続き、空気が乾燥すると火事も起こりやすいなと思いつつ、宮前消防署、地域の消防団などによる出初式に出席させていただきました。日頃、中々目にすることがない訓練の一端を垣間見ることができました。昔、江戸の町では毎日のように火事があって町民の不安が広がったことから、幕府は上野東照宮に火消しを一同に集めて安心させたというのが出初式の始まりだそうです。今は幸いにして江戸の町のように火事の件数は多くありませんが、いつ何時、地震などによる火災が起こるか判りません。どんな時でも対応できるようにボーイスカウトのモットーのように「そなえよ常に」を心しようではありませんか!その後、宮前区の賀詞交換会などにも参加させていただき、新年会シーズンです。

2004年01月09日

今年はじめて県議会へ登庁。正午より、議長主催による議員ならびに県幹部職員の賀詞交換会が新庁舎12階で行われました。毎年恒例となっていた知事主催による賀詞交換会は、反松沢派が多数の議会の反対によりやらないということになったようです。何とも大人げない話。議長の挨拶の中に、「県民の声なき声を聞いて県政発展のために・・・」とあり、全く同感ですが、ならば政策議論よりも、松沢知事いじめに重きを置いているとみられてもしょうがない今の議会の有様はどうでしょうか?県民の声なき声は呆れているのではなのかと思います。
2月25日に知事への一般質問を行うことになり、今日はその準備に議会で一日過ごしました。今日は珍しく他に新年会もなく、脳を使うことにします。

2004年01月07日

 5日から正式に事務所も再稼動して、2004年の仕事始めをしました。何度もこのコーナーで書いているように、昨年1年はあらゆることが一気に凝縮されたような1年で本当に猛烈に速い年でありました。県議として選んで頂いてから正直、必死な8ヶ月間でありました。
 秘書当時経験した国会とは違う県議会での仕組みや仕事の流れや、一議員としての活動、自分が知らなかった様々な政策課題などを経験して大いに悩みながらも、とことん勉強し、活動させていただきました。
 ただ、議員になる前に思い描いていたものと今の自分を比較すると、昨年は決して高い評価は付けられないなと自分自身思っています。だからこそ、今年は議員として飛躍の年にしなければならないと強く認識しています。

 年頭にあたり改めて、これからの県政のあるべき姿と私の視点というものについて、少しお伝えしたいと思います。
 まず、私は政治を見る視点は、納税者一人ひとりの財布にあるといつも考えています。当たり前の話ですが、一国民は、一県民であり、一市民、いずれもひとりの人間です。
 誰でも行政サービスを受けるにあたって、そのサービスの提供者が、国なのか、県なのか、市なのかを特にこだわる人はいないでしょう。国税であれ、県、市税であれ、収める元の財布は一つですから、要は、しっかりとニーズにあったサービスを低コストで受けることが出来る仕組みであれば一納税者として良いわけです。

 それを、なぜか議員や役人などが一緒になって自らの自治体の権益確保の為だけに、国・県・市町村の間で税金の引っ張り合いをやっている。納税者に対して、これほど失礼で、無駄なものはないのではないのではないでしょうか。
 よって、私は、県の役割・機能は何かという原点にいま一度立ち返り、国・県・市の役割が一番効率的に市民に還元できるように整理し直す必要があると思うのです。

 新年早々、小難しい話をさせていただきますと、改正地方自治法の中に、都道府県の役割はおよそ「市町村域や県域を超えた事業(広域的機能)」「市町村の事業の支援・補完(補完機能)」「市町村及び、国・市町村との調整(連絡調整機能)」の3つが挙げられています。
 他、加えるならば「市町村では困難な専門的、試験的分野への取り組み(高次機能)」などです。これらの都道府県の担う役割・機能に神奈川県も専念をしていかなければならないと思うのです。

 国がやるよりも地方自治体が行った方が良いと言われる事が誠に多いと同様に、議員になってから感じるのは、市町村が担うべき役割の部分まで県が行っていることが多いのではないかという印象を強く受けます。
 ご存知のように、神奈川県は、私たちの川崎市や横浜市の二つの政令指定都市があり、中核市も増えてきています。他にも、市町村合併の構想もあるなど、昔と違って市の規模が大きくなってきている今、県の仕事も大きな時代の転換点に来ていることは間違いありません。

 松沢知事は昨年の選挙期間中「最後の知事になる覚悟で」という表現を使い、道州制を含めた革命的な地方自治のあり方に触れました。
私も、全く同感です。納税者の財布からの視点として当然だと思います。効率的な行政を行うという、ごく当たり前のことが長年の歴史の中で実は本当に難しくなってしまっています。
 議員も行政も原点に立ち返ること、そして有権者の皆さんにも是非理解してもらいたいと思います。

 選挙で政治家を選ぶという作業だけで「政治参加」を終わらすことなく、ぜひ、関心をもって国・県・市政を見ていただきたいと思います。
改革は有権者との共同作業なのですから。

 さて、具体的なものとして、昨年末から、2009年の羽田の再拡張、国際空港化に向けていよいよ具体的な動きが始まりました。
 川崎に国際空港への出入口をつくる「神奈川口」構想が一気に本格化し、長く続いた「京浜臨海部」低迷の時代からの転換のチャンスです。県の財政状況も相変わらず危機的状況ですが、全て切り詰めて何もやらないのでは県の発展はありません。民間で言われる「選択と集中」が神奈川県でもキーワードだと思っています。

 スペースの都合上、これくらいにしておきますが、私も問題意識を常にもって、慣れや無意味なルールなどに流されることなく、今年も頑張ります。そして、自分もワクワク、皆さんもワクワク・ドキドキするような仕事が出来るように努めます。
 今年もどうかご指導、ご鞭撻をよろしくお願い致します。
 

2004年01月01日

大晦日の晩は、小学校以来恒例になっているボーイスカウト(川崎43団)が行う、麻生区香林寺での除夜の鐘撞き警備・甘酒振る舞いにお邪魔しました。今年は横着して制服での参加ではなくコートを着込んでお邪魔したのでとってもバツが悪い。私の現役スカウト時代は、ボーイスカウトの制服が半袖・半ズボンだったので、すこぶる寒い思いをして警備をしたことが懐かしく思い出されます。今年もスタートはボーイスカウトの仲間と迎えました。続いて、午前5時から、これまた恒例の実践倫理公正会の元朝式に出席させていただく。昨年同様、中田宏市長や同僚の大井康裕県議などと一緒に新年の爽やかなスタートをきることが出来ました。その後、麻生区にある実家に妻と戻り、これまた恒例の家族による元旦の儀式?を行いました。穏やかな元旦です。2004年が今日の天候のような一年であることを節に願ってやみません。
3日からいよいよ新年会がスタートします。つかの間のお正月をゆっくりと、有意義に過ごしたいと思います。年頭の決意を改めて、事務所の仕事はじめである5日に書きます。今年もよろしくお願い申し上げます。