あれから11年
阪神淡路大震災から11年目の朝を迎えました。どこの新聞やテレビも教訓を忘れるな、風化させてはならないとの論調で、私も全く同感です。機会ある毎に、思い出し、いざという時の備えを確認することが必要ではないでしょうか。私もそういう一日にしたいと思っております。
11年前のあの日、私はまだ大学生で米国サウスカロライナにいました。その日の授業を終え、友人の家に着いたと思いきや、友人の父親が「ヘイ、ノリ、日本で大きな地震みたいだぞ」と私に声をかけるので、テレビの画面に目をやるとCNNの映像が飛び込んできたのです。
当初は死者50名位という情報で、「これは大変だ」とテレビにかじりついていると、死者の数はみるみる膨れあがり、映像も見たこともないものに変わっていくのを何も出来ずに座っていたことを思い出します。
時は流れ、あれから住んでいる場所も、立場も変わりました。
昨年は本会議の一般質問で耐震診断を受ける制度の拡充策について主張するなど制度面ではいくらでも言うことができるのですが、いざと言うとき、私、一個人として何ができるのか最近よく考えます。
私の友人は常に添付した写真のようなグッズを携帯しています。防水バッグの中に、携帯用無線機(要免許)、サバイバルナイフ、防水着火器具、携帯用水濾過ペット、鏡、飴、マジック、裁縫道具、ホカロン、電池、笛、ライト、等々です。勿論バッグには名前、血液型なども書いてあります。
常に持ち歩くのはなかなか大変ですが、最低限のものは家や車に準備しておくことを強くお勧めします。 この友人からの勧めもあって、来月にアマチュア無線の免許を取得しようと考えています。いまのところ、いざというとき私にできることの結論は、正確な情報を適切に伝えることだと考えています。
自助(自らを備え助ける)、共助(互いに助け合う)、公助(公的な機関の援助)のうち、まず大切なのは自助です。この際に今一度、考えてみては如何でしょうか?それが、阪神淡路大震災など災害で不幸にして亡くなられた方への弔いの一つではないかと考えます。