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かわさきそだち 宮前の夏野菜
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福田紀彦の活動記
わせ弁へのコメント
最近、本当に残念なことにお世話になった方の訃報が続き、今日も地元宮前区でお別れをしました。最近ほとんどが葬祭場からのお別れが多い中、ご自宅兼店舗からの旅立ちをでした。故人もご自宅から親族や親しい友人らに見送られて本望なのではなかったのかなぁと思いました。
さて、3月3日に「わせ弁」について書きましたが、地元の支援者からコメントを頂きました。早稲田大学ご出身の方からで、私のようなにわか早稲田ビジターとはコメントの質が違うので、了解を得てご紹介させて頂きます。
3月3日付けの 活動記『わせ弁』を懐かしく読ませてもらいました。
私の学生時代には、弁当らしきものはありませんでした。
当時は、ゲルピンでしたので学園近隣のおばさん食堂で、秋刀魚焼き定食、
しめ鯖定食、鯵のから揚げ定食、鯖の味噌に定食等を、学生食堂でカレーライス
などを食し空腹をしのいでいました。
育英会奨学金の支給日に限り今でも存在する高田牧舎(当時は教授連の行く所)
でビフテキを食べるのが唯一つの楽しみでした。
2ケ月前に母校に行く機会がありました。
昔はキャンパスにはラジカルな立て看板が群雄割拠していたのですが、おとなしい物ばかり
で、学生の服装も含めてエネルギーを感じませんでした。ちょっと残念なことです。
学生街も様変わりで、まるで異国に来たようでした。
『わせ弁』の売り場には、可愛い子が熱心に弁当をセールしていました。
学園内校舎もスクラップ&ビルドが進み、記憶のある校舎は、商学部、法学部、演劇博物館、
それと大隈講堂と近くにある甘泉園位でした。当時学んだ木造の理工学部は西早稲田に移り、
跡形もありませんでした。帰りは懐かしい都電で目白までスローライフを楽しみ学生気分に
ひたることができました。
以上、志賀さん@川崎在住からのコメントでした。興味深いですよね。皆さんにもそれぞれの学生時代の弁当、食生活があるのではないでしょうか?ぜひ、あなたの学生時代の食生活、学食などコメント下さい。また了解を得た上でご紹介させて頂きます。