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福田のりひこ プロフィール

1972年4月20日生まれ。川崎市立長沢小学校・長沢中学校 卒業後、渡米。米国アトランタマッキントッシュハイスクール卒業。米国ファーマン大学(Fuman Univ.) 政治学専攻(B.A. Political Science.)卒業後、衆議院議員 松沢成文(元神奈川県知事)秘書。公設第一秘書などを務める。2003年、神奈川県議会議員(川崎市宮前区)県議会最年少議員として初当選。2007年、神奈川県議会議員2期目当選。県議会では、税、医療・福祉、教育、環境などの分野を中心に各常任委員会、特別委員会の委員を務める。また、県の審議会としては神奈川県市町村合併推進審議会、生涯学習審議会、労働審議会、神奈川県国土利用審議会などそれぞれの委員を務める。議会外では、政策本位の政治の実現のため、全国の知事・市長・地方議員が政策力を競う「マニフェスト大賞」の08年度、09年度の実行委員長として奮闘。2009年、「次の川崎市長」を目指して現職市長に挑戦!11万7456票得るも、約2万8千票差で次点。その後、神奈川県知事秘書、早稲田大学マニフェスト研究所客員研究員を経て、2013年川崎市長選で初当選し、2013年11月19日川崎市長に就任。川崎を最幸のまちにするべく市長として奮闘中!妻、長女、長男、次男の5人家族。宮前区犬蔵在住

政治家を志したきっかけ

私が「よし、政治家になろう!」と思い立ったのは、高校3年生の時です。
中学校を卒業後すぐ、父の転勤に伴い米国へ行くことになり、現地の高校に入学しました。学校の授業で政治について先生と生徒、また生徒同志が活発に語り合う光景は、まさにカルチャーショックと言うにふさわしいものでした。また放課後家に帰れば、ご近所の方々が頻繁に集まり、自分達の住む街の学校、道路、環境、防犯などの様々な分野で、お互いを尊重しながらも真剣に意見を戦わせていました。まさに私が“自治”というものを初めて目の当たりにし、実感をしたのはこの時です。そんな時、祖国日本は相変わらずの政治体質で、何度スキャンダルが起きようと大勢には影響しない緊張感のない政治。それが半ば当たり前ともなっていたような状態でした。
やり場のない不甲斐なさを感じていたこの時期に、ワシントンDCを訪れる機会があり、ケネディー大統領の眠るアーリントンの丘へ行きました。そこで生まれて初めて碑に刻まれたケネディー大統領の就任演説を読んだ時、身体全体から奮い立つものを感じました。 かの有名なスピーチの一説、「国が何をしてくれるのかではなく、貴方が国に何ができるのかを問うてほしい。」です。
より良い社会をつくるのは、神様でも、役人でもなく、私たち一人ひとりの意志だというごく当たり前のことを、もっと真剣に考え、そして行動する必要があるのではないかと痛切に感じたのです。

生い立ち

70年 昭和47年4月20日生まれ。この月に川崎市は政令指定都市になりました。  
72年 楽しい幼稚園の思い出は甘いオレンジの味がします。
77年 ジャイアンツの選手に憧れた時もありました。
79年 小学校・中学校時代はボーイスカウト活動が何より楽しかったです。(募金箱を持っているのが私)
83年 仲間と励まし合い、助け合いの登山は、以降、私の趣味になりました。
85年 中学卒業後、父の転勤により米国アトランタへ。大苦手だった中学英語からいきなり現地校へ。大変でした。
88年 休みの度に、ひとり車を8時間走らせて政治の都、ワシントンD.C.へ行きました。
89年 高校生が当たり前のように地域貢献活動をしたり、政治を議論する姿勢にカルチャーショックを受けました。
90年 大学卒業が迫った頃、松沢しげふみ代議士(現知事)から国際電話で秘書にならないかと声をかけてもらいました。
91年 大学での寮生活。政治学を専攻しました。毎日出される宿題の量にヘロヘロ(笑)それでも、楽しかった。
95年 衆議院議員会館での勤務。松沢しげふみ事務所で7年間お世話になりました。
97年 山登りは、社会人になってからはあまり行けなくなりましたが、やっぱり最高!
00年 県議会に挑戦するにあたり、地方から日本を変える同志、先輩とがっちりスクラム。(左から中田前横浜市長、飯田川崎市議、私、松沢知事)
02年 若い仲間と一緒に戦った初めての選挙。必勝祈願の一コマです。
03年 初の松沢知事VS福田の議会質問を傍聴に来て下さった皆さんです。(県庁本庁舎前にて)
04年 「虫の目、鳥の目」で県民、県土を考えて議会で提言しました。荒廃する山林や海岸浸食を上空から視察した経験は印象的でした。
05年 水源環境保全対策には特に力を入れました。荒れ果てた山林を歩いて視察しました。
06年 県議会サッカー部の一コマ。この時ばかりは議会の党派は対立なしでした。
00年 予算委員会では、税金の効率的、効果的な使い道について厳しく質しました。
07年 本会議場でも質問に立ちました。毎回、行政のチェックという観点だけでなく、提案型の質問を心がけました。
00年 川崎市からも、県議会議員として、県への予算・施策要望を受けました。
08年 全国初の“民間交番推進条例”を有志議員とつくりあげ、議会に議員提案しました。提案者として議員の質問に答えているところです。
00年 「マニフェスト大賞」のスタッフとして奮闘しました。
00年 「次の川崎市長」を目指して、現職市長に挑戦するも及びませんでした。
09年  
川崎市長選挙

川崎を日本一にする男 福田のりひこ

2003年神奈川県議会に最年少議員として初当選。2007年2期目当選。税、医療・福祉、教育、環境などの分野を中心に各常任委員会、特別委員会の委員を務める。議会外では、全国の知事、市長、地方議員でつくる、政策提案や実績を競う「マニフェスト大賞」の08年度、09年度の実行委員長として奮闘。その後、神奈川県知事秘書、早稲田大学マニフェスト研究所客員研究員を経て、2013年川崎市長選で初当選し、2013年11月19日川崎市長に就任。川崎を最幸のまちにするべく市長として奮闘中!

 

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